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自閉症の息子本人の障害受容について【お悩み相談】 

息子は自閉症と診断され、小学校から特別支援学級に通ってきました。現在中学1年生です。

小学生のころ「どうして僕は○○学級(支援級)なの?」と聞かれた際、「あなたはゆっくり説明してもらったほうが勉強を理解できるから。苦手は誰にでもある。自分にあった方法で勉強するために支援級にいる」という主旨の返事をしました。

また「自閉症という障害がある」という話も、小学5年生くらいのときに伝えています。息子は黙って、とくに表情に表さずに話を聴いていました。

中1の今、親戚などに、自分が特別支援学級に在籍していることを隠そうとします。先日「障害児のぼくは、落ちこぼれだ。これからどうすればいいんだ」と泣いて訴えてきました。私は、息子のいいところをいくつか挙げて「あなたはこんなにすごい!ママはあなたが大好き」と伝え続けてはいるのですが。

子どもが自分の障害を受け入れるために、私にできることはあるでしょうか。(雪割り桜さん)

※現在「北川先生のお悩み相談室」は受付を一時停止しています。

突然ですが、質問です。あなたには、何か苦手で食べられないものがありますか?その食べ物を思い浮かべてください。例えば、「シイタケ」が浮かんだとします。そこであなたは、「あ~、私はシイタケも食べることができない、なんてダメな人間なんだ……」と思うでしょうか?おそらくそんなことはないでしょう。「苦手だけど、まあ別にシイタケ食べなくても生きていけるし……」くらいの感覚ではないでしょうか? 

さて、これと「同級生と同じ学び方で学校の勉強をすることが苦手」ということは、何がちがうのでしょうか?同じ「苦手」でも、一方を認めることは子どもの心を大きく傷つけ、もう一方はそうでもない。それはなぜか?という話は後でするとして……。

障害告知の前に育てておきたい「自尊心」

結論として、障害の告知を本人にする場合には、「それによって心が傷つきすぎない状態」を育てた上で、告知をするのが望ましい、と私は考えています。

親は「いつ伝えればよいか」「何と言って伝えればよいか」と考えがちですが、親がいつ、どう上手に伝えたところで、1回伝えただけで受け入れがたいことを受け止め、心が傷つかないでいられる子どもなんてそうそういません。しっかり時間をかけて、自分が「学校の勉強が苦手」だったり「友達の気持ちに気づくことが苦手」だったりすることを、「シイタケが苦手」というのと同じくらい当たり前に受け止められる心の状態を作っていきましょう。

このような心の状態を、私の心理学の師匠は、「自尊心のある状態」と定義していました。それは、自己肯定と自己否定を両方持って、それでも自分のことが好きでいられる状態、ということです。自分にはこんな苦手なことがあるが、でもこんな得意なことがあるから、トータルでは自分が好きでいられる、という感覚です。

「なんで僕は支援級にいるの?」という問いには、「苦手なことがあるからだよ」「それはこういうことだよ」ということをシンプルに伝えた上で、「でも、あなたには得意なこともあるよね?」「じゃあそれってどんなことがあるか考えてみよう」ということを、一緒にやっておくことが必要です。

得意なことは「具体的に褒める」「視覚化して伝える」

ご相談者も、「あなたはすごい」「あなたが大好き」と伝えられていて、それはとても大事なことです。その上でぜひ意識していただきたいのは、「本人も自分の得意を得意と納得しているか?」「本人が『苦手もあるけど得意もある自分』をトータルで好きと思えているか」という本人視点です。褒めて励ましたからOKということではなく、本人が納得できる「証拠」を示さなければなりません。

親から見て「すごい」と思ったことを書き留めておいたり、普段から学校の課題や作品に目を通し、「いいな」と思った作品は取っておいたり感想をコメントしたりすることが必要になってきます。

療育について学んだことがある人であれば、「具体的に褒める」「視覚化して伝える」などのポイントはどこかで聞いたことがあると思うのですが、実際に「得意なこと、できること」を本人に伝える際に、「具体性」や「視覚化」が足りていないことが多いのです。結果、本人は「別にできてなんかいない……」と納得できない、というパターンがよくあります。

心が傷つくポイントは「周りとの比較」「周りの期待」

話は戻り、なぜ「シイタケが苦手なこと」より「勉強が苦手なこと」は心が傷つきやすいのか?ということですが、大きく2つの理由があります。1つは「周りとの比較」、もう1つは「周りの期待」です。

心が傷つくポイント_周りとの比較

自閉症や発達障害など、いわゆる発達に凸凹がある子どもたちにとって、学校は「比較」にさらされるシビアな場所です。

日本の学校は、小学校であれば30人程度を1クラスの標準としています。たった1人の先生が30人もの子ども達を一斉に指導し、全員同じタイミングで次の学年に進級させます。これは「子どもは、1年ごとに学年を区切ると、だいたい同じように発達する」ということを前提にしないと成り立たないシステムです。発達障害がある、自閉症であるということは、この前提から「外れている」ということなので、うまく学べない上に、多数派の外れていない子ども達との強烈な「比較」にさらされ、孤独を感じることとなります。

この「学校という場所でのうまくいかなさ」への対策として考えられるのは、年齢や能力がバラバラで人数(比較対象)が多くない居場所を早い段階で作っておくことです。放課後等デイサービスのような場所でもいいでしょうし、スポーツ少年団がよい居場所となるかもしれません。

とにかく、学校の「みんなとだいたい同じことができなければ、落ちこぼれたと感じざるを得ない」という環境とは全く違う環境で、「ここでは自分はうまく行っている」「だから学校でうまくいかなくても、自分はダメじゃない」という実感が得られる場所があることが大切になります。

学校で心が傷つくポイント_周りの期待

周りが「うまくいくかな、うまくいってほしいな」と期待をし続けることで、それがうまくできない自分を責めるようになってしまう、ということもよくあることです。たとえ親が「まあ、学校でうまくいかなくても、生きていければいいよ」という考え方で、どんなに家庭環境が整えられていたとしても、一旦学校で先生や、同級生が「なんでお前は〇〇ができないんだ?」となれば、自分を責め、傷ついてしまいます。

でも、クラスメイトと広く浅く問題なく関われる能力、勉強や実技をまんべんなく平均的にこなす能力……。学校で求められるこれらの「まんべんなさ」や「なんとなくうまく」といった能力は、自閉症や、発達障害のある子どもたち、発達に凸凹のある子どもたちの非常に苦手な分野です。とすると「いかに学校というものの価値を本人の中で下げていくか?」ということを真面目に考えなければなりません。「学校ってそれほど重要な場所ではないよ」という認識を持てるようにし、学校でうまくいかない=人生全体がうまくいかないという極端な悲観につながらないようにすることが大切です。

ではなにができるのか。これもやはり学校以外に本人にとって大切に思える居場所を作っておくことが重要になってきます。学校以外の場所、ルール、人間関係、そういったものを本人が大切に思えたら、学校での心の傷つきが格段に減ります。それは子ども同士のコミュニティに限りません。もしかしたら、自閉症や、発達障害のある子どもは、同世代より大人とのコミュニケーションの方が得意かもしれませんね。発達の凸凹とはそういうことなのです。

もし傷ついたまま学校を卒業してしまったのなら

学校にいる間に心の準備が間に合わない、すでに我が子が心を傷つけたまま学校を卒業してしまった、という方もいらっしゃるでしょう。その場合には、せっかく周りを気にして心を傷つけなければいけない場所から卒業できた、そんな時間はもう終わったんだよ、ということを、まずは思いっきり祝福してあげてください。

今まで辛かったこと、苦しかったこと、孤独だったこと、それはもう終わったよ、今までお疲れ様、大変だったね、としっかりねぎらってあげること。そして、いったん休憩して、次に進むための準備を本人のペースでやれるような環境設定が、次の課題になります。その時に、就労移行支援や就労継続といった福祉的就労のサービスが、課題解決のためのステップになるかもしれません。そのような福祉サービスへ本人をつないでいくのも、親御さんの大事な役割になると考えています。

執筆者プロフィール

北川庄治

東京大学文学部卒、東京大学大学院教育学研究科(教育学修士)
デコボコベース株式会社 最高品質責任者CQO
一般社団法人ファボラボ 代表理事
公認心理師 /NESTA認定キッズコーディネーショントレーナー
高等学校教諭専修免許 /中学校教諭専修免許所持
神戸大などとの共同研究にも携わる。

◇デコボコベース株式会社
https://decoboco-base.com/
◇デコボコTV(YouTubeチャンネル)
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