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ダウン症のある方は、未知の世界に突入している

東京逓信病院の小野正恵先生へのインタビュー、いよいよ【最終編】です。前回のインタビュー「成人期のダウン症のある方が直面する課題とは」はこちらをご覧ください

 

ダウン症のある方は未知の世界に突入している

 

持田:ダウン症のある乳幼児や未就学児、あるいは就学期のお子さんに加えて、最近は成人期の方々が少しずつSNSに投稿されるようになってきました。成人期は健康面でも精神面でも安定しているといえますが、中年期になると目に見えて年を取るスピードが速くなるように思います。高齢のダウン症の方と会う機会もありません。ダウン症のある方が高齢期に差し掛かると、どのような状況になるのでしょうか?

 

小野先生:ダウン症のある方は、50年前までは長命ではなかったのですが、いまは未知の世界に突入していると思います。寿命は、この50年で、50年延びたと言われます。

持田:寿命が50年延びたのですか。わたしの両親は、長男誕生と同時に20歳まで生きられないだろうと医師から告げられたので、それを信じて「家族みんなで息子を守ろう」と必死に生きていました。兄が風邪を引いても「命にかかわるから大変だ」と言って、慎重に大切に育ててきました。

 

小野先生:「短命だ」と言われていたことには理由があります。わたしが医者になったころは、ダウン症のある人の重い心臓手術をする病院が少なかったのです。心臓の合併症がある人が50%もいたのに、心臓手術の技術は今ほど発達していなかったこともあって、敢えて手術をしない、ということもあったようです。食道閉鎖や十二指腸閉鎖などの手術をしなかったら命が危ういのですが、当時は、親御さんから「手術をしないでほしい」と言われたこともありました。そんな親権の濫用が数十年前まではあったのです。

 

持田:それはもう・・・愕然としてしまいます。兄には合併症はなくて、健康でとても元気です。両親がこのことを知っていたら、兄にもっと社会との接点を持たせたり、挑戦させたりしていたかもしれません。

 

小野先生:現代の医学では、白血病も治癒する確率が高くなりましたし、適切なケアを受けるようになり、定期的に健康診断を受けて生命予後が改善されました。ダウン症のある方が固形がん(血液のがん以外)になる可能性は低いんですよ。

 

持田:(絶句)それでは・・・両親はまったく異なる情報に翻弄されていたのですね。何とも言えない感情が湧いてきます。(しばらく涙)。うちは、がんに罹患しやすい家系なので、兄のことも、自分のことも心配していました。ダウン症のある方は固形がんになる可能性が低いと聞いて安心しました。

 

アルツハイマー型認知症の因子を持っている?

 

持田:以前、ダウン症のある方はアルツハイマー型認知症の因子を持っていると聞いたのですが、実際にはどうなのでしょう?

 

小野先生:ヒトにとって本来必要なアミロイド前駆体タンパク質(APP)をつくる遺伝子は21番染色体にありますので、一般の方と比べ、遺伝子が1.5倍あり、APP自体も1.5倍作られることになります。APPの異常な分解断片は、いわば「ゴミ」で、これが排出されずに脳内に溜まったものがアミロイドβ(ベータ)沈着(老人斑)といわれ、アルツハイマー型認知症に見られる特徴です。

ダウン症のある方は21番染色体が3本あることで、一般の方よりアルツハイマー型認知症が発症する時期も、発症頻度も高いと考えられています。アミロイドβの量が多いか少ないかについては個人差があります。

持田:障害があってもなくても、誰もが認知症になる可能性はあるので、ダウン症に限ったことではないのですね。21番染色体の上に、アミロイドβができることにつながる遺伝子があるなんて、そのような作用があることは知りませんでした。ダウン症のある方の中にはアルツハイマー型認知症になる方とならない方がいるので、その研究や治験がずいぶん前からアメリカで行われていると聞いていますが、どのような治験なのですか?

 

小野先生:アメリカでは「薬の治験」が始まっていますが、それは溜まっていたアミロイドβを取り除くものではなく、認知症の進行を遅くするという薬の治験です。今のところ、認知の度合いが改善したということは証明されていません。いま、世界中がいろいろな薬を開発しています。しかし、ダウン症に薬が使えるかというと時期尚早ですね。

 

持田:ダウン症候群は薬で治癒するものではありませんよね。

 

小野先生:生まれてきた命をそのまま受け止めてほしいですね。治すのではなく自然体で生きていけることをいかにサポートするかに力を入れていきたいです。歳を取らない人は世界中どこにもいません。ダウン症という基礎疾患があっても、皆、健康状態を保って生きています。ダウン症以外の染色体の問題を抱えている人も含め、基礎疾患がある方はコロナのワクチン接種も優先順位が高くなっていますね。

 

「症候群」とは、どういう意味があるのですか?

 

持田:ところで、ダウン症候群の、「症候群」とは、医学的にどのような意味があるのですか?

 

小野先生:「症候群」というのは、複数の症状や所見が一連のものとして存在し、特徴的な状況をパターン認識するための名称です。特徴的な状況を認識できることで、経過や、今後どうなりやすいかといったことがわかるので、〇〇症候群という診断がつくことには意味があります。治療を必要とする症状もあれば、特徴を言い表しただけの症状もあります。

具体的には、「小柄です」「中耳炎を起こしやすい」「歩けるようになるのがゆっくりです」「心臓病が半数以上のお子さんにあります」などとすべての特徴を言わなくても「ダウン症候群」と言うだけで、そうした基礎疾患があることが伝わります。「症候群」とは、一つの目印みたいなもので、<名札>をつけておくことで分かりやすくするということです。「この名札がついている人はこういうことに注意しなければなりませんよ」という特徴が分かるので、医師としては対応がしやすくなります。

遺伝性疾患を誤解しないで

 

持田:とてもよくわかりました。ダウン症は「遺伝性疾患」と言われていますが、遺伝についてはどうでしょうか?

 

小野先生:遺伝性疾患とは、単純に親から病気が伝わったということだけを指すのではありません。突然変異を含め、遺伝現象によって生じる病気をすべて含む言い方ですので、誤解しないでくださいね。ダウン症のある方のきょうだいが、ダウン症のあるお子さんを授かる頻度は非常に低く、転座型と言われるタイプの一部のみと言われています。ダウン症の95%を占める標準型21トリソミーと、数%にみられるモザイク型では、遺伝性はありません。(遺伝ではなく、高齢出産では発生率が少し上がります。)

ダウン症候群の原因が、21番染色体が1本多いことによるものである、とわかったのは、ジョン・ラングドン・ダウン医師がダウン症のある人の症例を発表してから、1世紀近く後になります。一定の特徴を持つ人達は、こういう特性があって、こういう風に気を付けましょう、ということがわかったのです。その<名札>が悪い意味でのレッテル貼りになるのが良くないと思います。

 

持田:小野先生、貴重なお話をありがとうございました。これにてインタビューを終わります。最後に、読者の皆様に一言お願いします。

 

小野先生:多様性を許せる世の中であることがどの人にとっても生きやすいので、それを目指したいなと思います。人とちょっと違うことを攻撃する風潮があり生きづらい時もあります。しかし、時代の流れが逆向きにならないように、大手を振って明るく気持ちよく生きていけるようにしていきたいですね。気づくわたしたちがやっていかなければいけないと思います。

 

持田:ありがとうございました。

インタビューを終えて

小野先生の「ダウン症という基礎疾患があっても、皆、健康状態を保って生きています。」と言う言葉に励まされました。小野先生、本当にありがとうございました。

母はよく「息子を健康に産んであげられなかったのは申し訳ない」と嘆いていました。いま、兄は元気に中年期から高齢期へとゆるやかに移行しようとしています。 

先日、精密検査を受けたのですが、特に病症は見当たらないということで安心しました。「お母さん、あなたは、健康な息子を授かりましたよ。健康に産んでくれて、ありがとう」

執筆者プロフィール

持田恭子

1966年生、東京都出身。ダウン症の兄がいる妹。
海外勤務の後、外資系金融機関にて管理職を経て、一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会代表理事に就任。父を看取り、親の介護と看取りを経験し、親なきあとの兄との関係性や、きょうだい児の子育てについて講演を多数行っている。障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」を対象に「中高生のかたり場」と「きょうだいの集い」を毎月開催。その他に、きょうだい、保護者、支援者が意見交換をしながら障害者福祉と高齢者介護の基礎知識を深めるエンパワメントサポート講座を開講。親子の気持ちが理解できる、支援者として家族支援の実態がつかめる、と好評。自分らしく生きる社会づくりを目指している。

【講演実績】
・保護者向け勉強会(育成会・NPO法人・障害者支援施設)
・市民フォーラム
・大学、特別支援学校(高等科)

【職員研修】
・外資系銀行
・社会福祉事業団

【メディア実績】
・NHK Eテレ「バリアフリーバラエティ番組バリバラ」
・NHK Eテレ「ハートネットTV」
・その他ニュース番組など

【著書】
自分のために生きる
電子書籍Kindle版 https://amzn.to/3ngNMS6

【ホームページ】
https://canjpn.jimdofree.com/

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