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ダウン症はひとつの「体質」である

東京逓信病院の小野正恵先生のインタビュー【2回目】です。前回の「東京ダウンセンターご紹介」の記事はこちらをご覧ください

 

前回は、小野正恵先生から都内で唯一、ダウン症のある赤ちゃんから成人まで診療をする「東京ダウンセンター」の構想が生まれた経緯を教えていただきました。今回は、ダウン症候群という「症候群」の意味と、きょうだい児がどこまでケアをするのか、ダウン症のある方の中年期以降の暮らしなどについて、小野先生からお話を伺いました。

 

ここからは、対談形式でお伝えします。

 

 

ダウン症は一つの<体質>である

 

小野先生:「東京ダウンセンター」は、2018年10月1日にできました。ダウン症のことを「病気」だと医師は言いますが、ダウン症があっても健康に暮らしている方はたくさんいらっしゃって、ずっと病気なわけではありません。ダウン症候群は「疾患名」として診療上必要だからつけている名称ですが、ひとつの体質であり、特性なのですから。

 

持田:「ダウン症候群」が、ひとつの体質特性であるという表現は、私たち家族にとって、とても勇気づけられる言葉です。病気や障害と言われることに違和感がありました。私は、きょうだい児の立場ですから、幼い頃は、兄のことを障害があると思ったことはありませんでした。

 

小野先生:多くの病院では、ダウン症(候群)という体質がある、お子さん、あるいは社会人として見守っていく感覚がなかなか無いのです。ご本人が50歳だとして、本人は気持ちの上では50歳だけれど、子どもに話すように分かりやすく話さないと理解ができない、ということもあります。年齢に相当する理解が得られないのであれば、家族に話すだけでよいというわけでなく、ダウン症のあるご本人のプライドを傷つけないように、理解することが難しい部分をわかりやすい言葉で補って、少しでも説明しなければならないのです。

 

ダウン症のある人は、深層心理をかぎ分ける天才

持田:そうですね。私の母は、「自分が息子に障害を負わせてしまった」という罪悪感を持ち続けていたので、息子の行く末を案じていました。とてもかわいがっていて、成人してからも幼い子どもを育てているようでした。私は「もう兄は成人しているのだから子ども扱いするのはおかしい」と思って反発していました。兄はいま50代後半ですが、母が亡くなってからは、母に見せていた幼さが無くなって、中年らしくなってきました。もう子どもの自分を演じなくてもいいと思ったのかもしれませんね。

 

小野先生:ダウン症のある人は、人の深層心理や気持ちをかぎ分ける天才ですからね、相手の期待を察知するところがあります。一般的に、言語的なやり取りができるかできないかという基準だけで人を判断すると、その深層的な部分が掴めなくなりますね。

 

持田:母は、兄が自立して生活をすることができるように、障害者にも教育を与えようと社会活動に熱心に取り組んでいました。しかし、その一方で、息子とずっと一緒にいたい、離れたくないという気持ちを持っていました。兄は、そうした母の「子どものままでいてほしい」という気持ちを汲み取っていたのかもしれません。思い当たる節がいくつかあります。

 

きょうだい児は距離感を持つことが大切

 

小野先生:これからは、還暦を超える長寿のダウン症のある方が増えてくるので、40代後半から、きょうだいの出番が増えてくるようです。きょうだいが、何もしてあげられていないと、自分を責めることがないようにしたいですね。

 

持田:本当にその通りだと思います。わたしが30代後半の時に父が亡くなったので、私が父親代わりとなりました。その後、母の在宅介護をすることになったので、母から何も教わらないまま兄の世話を引き継ぎました。兄の普段の生活も全く知らなかったので、兄が通っていた作業所の職員と連絡帳のやりとりをすることから始まり、通院や投薬の補助など、初めてのことばかりで、とても戸惑いました。

 

小野先生:そうですね。いままで親御さんだけが同居してすべてを把握していたけれど、急にきょうだいが世話をすることになって負担がかかるという話も聞いています。

 

持田:きょうだいは、親の子育てとは異なり、ダウン症のある兄弟姉妹と対等な立場にいる存在です。しかし、母の介護をしながら兄の世話もしていたら、いつの間にか私は兄の母親代わりをするようになってしまいました。

 

小野先生:きょうだいは、ダウン症のある兄弟や姉妹の意思表示を(理解して)、代理として物事を判断したり決定したりする役目を担うことになりますね。(きょうだいには)配偶者や家族もいるので影響もあることでしょう。施設に入所して、時折帰ってきて、きょうだい同士で過ごすという距離感を持つといいですね。

 

持田:はい、いま兄は障害者施設で暮らしていて、月に1回実家である我が家に帰省しています。このくらいの距離がある方がお互いに優しくなれますね。

 

ダウン症の現実を見る

 

持田:実は、いまだに気がかりなことが、一つあります。以前、ダウン症のあるお子さんを育てている保護者の方々と雑談をしていた時に、兄の写真を見せたのですが、「そんな姿、見たくない」と拒否されてしまいました。中年期になると年齢よりも年老いたように見えるからだと思いますが、その時は、とてもショックでした。

 

小野先生:ようやく歩き始めたくらいのお子さんを育てているお母さんにとっては「あんなになっちゃうのは受け止められない」と思ってしまうけれど、だんだんと、時間が経ったらそういう現実も見てもらい、幅広く受け止める気持ちでいてほしいですね。

 

持田:ありがとうございます。そこまで考えずに、兄の写真を見せたわたしも、お母さまへの配慮が足りなかったと思いました。

 

小野先生:ありのままを知ることがダウン症を知ることで、いいところだけを見せても真実の一部であって真実じゃない。いい人もいるけど、大変な人もいる。健常者でも同じでしょう。大変なところはあるけれど、大変なところはこんな風にカバーすればより良くできますよ、みんなで一緒に支えましょう、というのが正しい理解だと思います。批判的なことを言う人がいても当たり前なんですけどね。

 

第3回 成人期のダウン症の方が直面する課題とは】に続く

 

ここまでのインタビューを終えて

小野先生の「ダウン症候群は病気ではなく体質である。」という言葉を聴いて、長年モヤモヤしていた疑問が解けてスッキリとした気持ちになりました。また、ずっと気がかりだったエピソードを始めて打ち明けたのですが、しっかりと受け止めてくださって、胸が熱くなりました。小野先生、本当にありがとうございました。

 

東京ダウンセンターのご案内によれば、現在の日本ではダウン症候群の方はおよそ出生500人~600人に1人生まれていますが、平均寿命は60歳を超えると考えられ、すでに80歳の方もいらっしゃるそうです。

 

次回のインタビュー記事も楽しみにしていてください。

 

※現在、東京ダウンセンターには予約が殺到しており初診の予約は難しくなっているそうです

執筆者プロフィール

持田恭子

1966年生、東京都出身。ダウン症の兄がいる妹。
海外勤務の後、外資系金融機関にて管理職を経て、一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会代表理事に就任。父を看取り、親の介護と看取りを経験し、親なきあとの兄との関係性や、きょうだい児の子育てについて講演を多数行っている。障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」を対象に「中高生のかたり場」と「きょうだいの集い」を毎月開催。その他に、きょうだい、保護者、支援者が意見交換をしながら障害者福祉と高齢者介護の基礎知識を深めるエンパワメントサポート講座を開講。親子の気持ちが理解できる、支援者として家族支援の実態がつかめる、と好評。自分らしく生きる社会づくりを目指している。

【講演実績】
・保護者向け勉強会(育成会・NPO法人・障害者支援施設)
・市民フォーラム
・大学、特別支援学校(高等科)

【職員研修】
・外資系銀行
・社会福祉事業団

【メディア実績】
・NHK Eテレ「バリアフリーバラエティ番組バリバラ」
・NHK Eテレ「ハートネットTV」
・その他ニュース番組など

【著書】
自分のために生きる
電子書籍Kindle版 https://amzn.to/3ngNMS6

【ホームページ】
https://canjpn.jimdofree.com/

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