fbpx

ダウン症のある人の正常な行動とは

わたしの母親は、「息子のことは自分が命を懸けて守る」といつも言っていました。それを聞いた幼いわたしは、守られるのは兄だけなんだと嫉妬していましたが、今になって思えば、母のことを精神的にケアする人がいなかった時代に孤軍奮闘せざるを得なかった孤独感を思うと、もしかすると母は「助けてほしい」とSOSを送っていたのかもしれないと思うようになりました。ケアラーを支援する動きが活性化しているいまだからこそ、親もきょうだいも充分にメンタルがケアされる時代になっていくことを強く推進していきたいと思っています。

<やればできると信じていた>

母は「息子には障害があるから〇〇ができない」と思っていましたが、妹であるわたしは、兄が「やればできる」ということを知っていました。しかし、兄は母の前では「助けがないとできない」アピールをして、他者には「できる自分」をアピールしていました。
わたしが幼い頃は、兄は話すことができず「アー、ウー」という音を発音するだけでした。これは、発語がないのではなく「言語を表出するスキルが不十分である」と捉えれば、否定的な印象が和らぎませんか。わたしたちは無意識に五感を使い脳で情報を高速処理して生活をしていますが、ダウン症のある人は、聴覚や視覚、触覚や痛覚など身体的な感覚が不十分なので、感覚に頼るものが少ないのです。重度の知的障害があるダウン症のある人が言葉で気持ちを伝えることができない、だから会話ができない、コミュニケーションがとれないと解釈されることがありますが、家族や周囲の人が言葉以外の方法で補助したり代替案を考えたりして、ダウン症のある人が意思を伝えられる方法を探し出そうとすることが大切です。
兄が言葉を話せない代わりに、まだ幼かったわたしは絵を描いて見せたり大げさなジェスチャーをしたりすることで円滑に意思の疎通を図っていました。兄はいまでもジェスチャーを使ってコミュニケーションをとります。兄は、わたしがいつも異なる取り組みをしてくるので、その奇想天外な発想を楽しんでいるうちに、徐々に話せるようになりました。

<ダウン症のある人の正常な行動とは>

兄はよくわたしの仕草や言葉づかいを真似ることがあります。わたしはダウン症のある人は真似ることが好きなんだなと思っていましたが、実は学習効果を上げるために彼らは他者の行為をお手本にして学んでいるのだということを知りました。言葉を使って意思を表せないこと、ひとり言を言い続けること、何度も同じ行動を繰り返す反復行動や、過去の記憶は鮮明に覚えているけれど、直近の記憶をとどめておくことが難しいことなどは特性なんだと思っていて、無意識に「だからできないんだ」と否定的に受け止めていたことに気が付きました。こういった特性は、実は障害ではなく、ダウン症のある人にとっては「正常な共通の行動」であると知ってさらに驚きました。
これは、ダウン症のある人に限らず、自閉症のある人の行動にも意味があるし、統合失調症のある人が幻視や幻聴に悩まされることは本当にそれが視えて聞こえているのですが、私たちが彼らの行動の意味を理解できていないだけなのです。
障害があることで周りの人と同じことができないのは、障害のある人に問題があるのではなく、障害のある人を受け入れる準備が整っていない社会や、そこに属する人々がそのことを知らないからなので、障害のあるなしに関わらず誰もが同じ環境に身をおくことができるようにするにはどうしたらいいのかを考えることを「障害の社会モデル」といいます。家族にも無意識に「障害があるからできない」と思い込んでしまっていることはありませんか。家族も社会も、障害のある人の「障害」を受け入れるのではなく、障害のある人の多様な行動は、「正常な行動」であると受け入れることが、これからは求められると思います。わたしたちがマインドを変えていかなければなりません。

<家族や仲間が大事>

ダウン症のある人にとって「家族」の存在はとても重要な意味を持っています。彼らにとって自宅はとても安全な場所です。わたしは実家に住み、兄がかつて使っていた部屋を使っているのですが、兄はいつも「僕の部屋を貸してあげるよ」といいます。兄にとって、住む場所が変わっても自宅や自室はとても大切な場なのです。きょうだいが独立して家を離れたり、親の介護や死別などがあったりすると、家族を取り巻く変化をきっかけに退行現象がおきるという事例も見聞きしてきました。
わたしは何かあるたびに、兄とじっくりと話し、兄が納得してから行動することを心掛けてきました。両親が他界してからも実家も自室もそのまま私たちが使い、兄にとって不変なものを残したのです。小さな安心材料があることで、兄はその時に応じて、私たちが想像する以上の適応能力を発揮して大きな変化に対応してきました。
話してもわからないだろう、と思わずに、「どんな変化が起きるのか、それは何故なのか、家族はどんな気持ちなのか」を何度も根気よく話すことで、納得する時が必ず訪れます。多少の時間はかかりますが、その努力を惜しまずに、彼らの「正常な行動」に合わせて対話し続けることに時間と労力を費やすことで、彼らはわたしたちよりもうまく適応することができるようになります。

兄と接してきて改めて思うのは、ダウン症のある人は「安全であること」「守られていること」「納得すること」「時間をかけること」そして「仲間がいること」をとても重要視しているようです。障害者施設に住んでいる兄には、コロナの影響でしばらくは会えないのですが、わたしたちはなるべく多くの時間を共に過ごすように努力しています。私たち夫婦にとっても兄との時間は大切で、兄にとっても私たちと過ごすことは安全と安心をもたらし、愛情を再確認できるからです。兄は、わたしの夫のことを、弟と言わずに「僕の仲間」と言います。そこにも兄なりの家族の境界線を持ちながら、義理の弟を「仲間」として慈しみ愛おしむ気持ちが表れています。

兄は自尊心が高く、馬鹿にされることや、どうせできないだろうと思われることを嫌います。 相手が話していることの意味を正確に理解することはできなくても、相手が発しているエネルギーがプラスなのかマイナスなのかは瞬時に判断することができます。雰囲気や感情にとても敏感なのは、五感の機能が不十分であるがゆえに、メンタルな部分が私たちよりも発達しているのではないでしょうか。兄は、他人の悲しみや怒りといった強い衝撃のある感情や、ストレスや緊張といった固まってしまうような症状をまるで自分のことのように受け取ってしまうことがあります。周りの雰囲気を察知し過ぎて非常に興奮して号泣してしまうことがよくありました。そのたびに、わたしは「もう!泣かないの!」と怒るようにしてたしなめてきましたが、相手を自分のことのように受け取るという行為が「正常」であり、わたしよりも「優れている」と受け止めるようになってからは、兄が号泣する行為を何のストレスもなく受け入れられるようになりました。わたしがその行為を受け入れたという雰囲気を察知すると、兄は泣き止むのです。
兄は、わたしが夫と結婚するときに「恭子ちゃんはねぇ、本当は怖いんだよ。だいじょうぶ?」と夫に聞いたそうです。そう、かつてのわたしはイライラして兄にとても厳しくあたっていたのでよく怒っていました。最近は夫に「恭子ちゃんは、怒らなくなりました」と言うようになったそうです。

<家族が変わると社会が変わる>

わたしは、ダウン症のある人のことをもっと知りたいと思い、きょうだいに声をかけて「ダウン症のことをもっと知ろう」という勉強会を隔月で開いています。この勉強会に参加するには一つの条件があります。自分が興味や関心のあるダウン症に関連することを調べて発表しなければなりません。発表することが不慣れだったり、環境が整っていなかったり、調べる時間が無いという人は残念ながら、この勉強会には参加することができません。わたしも心苦しいのですが、たった一つの厳しい条件を守っています。自分でテーマを決めて積極的に調べ、まずは自分がダウン症を理解しようとすること、そこから何に気付き発見するのかを体験すること、そして未知のものを学び発表するという行動を起こす努力をすることによって、物事の真の理解が生み出されると信じているからです。こんな風に「家族」が障害に対する視点を少しずつ変えていくことで、やがて地域が変わり、社会が変わる礎になっていくと思います。

執筆者プロフィール

持田恭子

1966年生、東京都出身。ダウン症の兄がいる妹。
海外勤務の後、外資系金融機関にて管理職を経て、一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会代表理事に就任。父を看取り、親の介護と看取りを経験し、親なきあとの兄との関係性や、きょうだい児の子育てについて講演を多数行っている。障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」を対象に「中高生のかたり場」と「きょうだいの集い」を毎月開催。その他に、きょうだい、保護者、支援者が意見交換をしながら障害者福祉と高齢者介護の基礎知識を深めるエンパワメントサポート講座を開講。親子の気持ちが理解できる、支援者として家族支援の実態がつかめる、と好評。自分らしく生きる社会づくりを目指している。

【講演実績】
・保護者向け勉強会(育成会・NPO法人・障害者支援施設)
・市民フォーラム
・大学、特別支援学校(高等科)

【職員研修】
・外資系銀行
・社会福祉事業団

【メディア実績】
・NHK Eテレ「バリアフリーバラエティ番組バリバラ」
・NHK Eテレ「ハートネットTV」
・その他ニュース番組など

【著書】
自分のために生きる
電子書籍Kindle版 https://amzn.to/3ngNMS6

【ホームページ】
https://canjpn.jimdofree.com/

この執筆者の記事一覧

関連記事

おすすめの記事