中年期のダウン症のある人の健康について~退行現象とは~

わたしには、50代後半のダウン症のある「お兄さん」がいます。 日本では、ダウン症のある人の成人期以降の暮らしや、老化の進行に関する調査が少ないので、モデルとなる事例がなかなか見つからないですよね。 そこで今回は、わたしが実際に体験した「ダウン症のある人の退行現象」についてお伝えします。

■兄の変化と回復までのプロセス

兄が43歳のとき、母の味覚や嗅覚が衰え始め、足腰も弱り、家事ができなくなりました。わたしは家族と離れてひとり暮らしをしていたので、家事代行業者に食事作りと部屋の掃除を依頼したのですが、障害者がいることを理由に途中で契約を打ち切られました。当時は、わたしの仕事も順調で出張も多かったのですが、出張をすべて取りやめ、仕事の量も減らし、兄の福祉サービスの手続きを不慣れながらも代行し、家事全般を担い、母と兄の通院を送迎していました。

要支援2だった母は、あっという間に要介護5と認定され寝たきりになりました。それと同時に兄の様子も変わり始め、大声で乱暴な言葉を言いながら傘で自動販売機をたたいたり、「頭の中に電気が走る」と言って泣き出したり、「面倒くさい」と言って部屋を片付けなくなりました。

かかりつけ医からは「自己抑制が効かない状態なので、すべての話を肯定的に聴くように」と言われました。そこで、毎晩20時に兄と「お話しタイム」を設けることにしたのです。

居間のいつも決まった場所に二人で向かい合って座り、兄の両手にわたしの両手を軽く添えて「今日あったこと」を話し合うのです。最初は天井を見ているだけで無反応だった兄は、毎日続けているうちに「うん」と頷くようになり、5か月後には会話ができるようになりました。

言葉が出るようになると、「〇〇さんに殴られた」と言って号泣するようになりました。実際に作業所の職員の方々に聞いてみると殴っていないのですが、頭を触られただけで殴られたような不快な気持ちになっていたようです。吃音も激しくなり、話すのに数分かかることもありました。 それでもかかりつけ医の言葉を信じて、毎晩同じ時間に兄と対話し、すべての話を肯定して、兄が興奮して言葉が出ない時でも言葉が出るまで待ち続けました。 すると、その年の秋には、兄は以前の様子を取り戻しました。

ダウン症のある人は、言葉の理解や状況を判断する能力は高いのですが、伝えたいことを言葉にすることにとても時間がかかります。返事が遅いので、理解していないのだろうと思われがちですが、焦らせずに返事を待つと、安心して話せるようになります。

■退行現象とは

ダウン症のある人が青年期から成人期にかけて発症する、以下のような症状のことを退行現象といいます。

【① 動作緩慢】:動作が以前に比べて緩慢になる
【② 会話の減少】:会話が減る
【③ 無気力】:以前は楽しんでいたことに興味を示さなくなり身体を動かすことを嫌がる
【④ 体重減少】:面倒くさくなり、食事の意欲が低下して体重が減少する
【⑤ 閉じこもり】:抑うつ状態になり閉じこもる
【⑥ 睡眠障害】:就寝や起床のリズムが崩れるので、日中は無気力になり意欲が低下する
【⑦ 暴言・暴力】:自己抑制機能が働かず暴言・自傷・他害が起こる
【⑧ 生活介助】:いままで出来ていたことが急にできなくなる

これらの現象がすべて起きるということではありませんが、わたしの兄は①、②、③、⑥、⑦、⑧の症状がありました。きっかけや原因はまだ解明されていませんが、心因性のストレスや環境の変化、家族との死別など様々な要因があるのではないかといわれています。

今のところまだ有効な治療法はありませんが、初期段階(①か②)の症状に気付いたら、問い詰めずに、対話をする時間を設けて安心感を持たせるようにすることをお勧めしています。
予防策としては、家族以外の人間関係を作る、本人が納得するまで説明する、人に合わせる社会性を身につける、感謝する気持ちや目的意識を持たせる、などがありますが、これもひとつずつゴールを決めて時間をかけてやっていきましょう。

執筆者プロフィール

持田 恭子

1966年生、東京都出身。ダウン症の兄がいる妹。 
海外勤務の後、外資系金融機関にて管理職を経て、一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会代表理事に就任。父を看取り、親の介護と看取りを経験し、親なきあとの兄との関係性や、きょうだい児の子育てについて講演を多数行っている。障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」を対象に「中高生のかたり場」と「きょうだいの集い」を毎月開催。その他に、きょうだい、保護者、支援者が意見交換をしながら障害者福祉と高齢者介護の基礎知識を深めるエンパワメントサポート講座を開講。親子の気持ちが理解できる、支援者として家族支援の実態がつかめる、と好評。自分らしく生きる社会づくりを目指している。

【講演実績】
・保護者向け勉強会(育成会・NPO法人・障害者支援施設)
・市民フォーラム
・大学、特別支援学校(高等科)

【職員研修】
・外資系銀行
・社会福祉事業団

【メディア実績】
・NHK Eテレ「バリアフリーバラエティ番組バリバラ」
・NHK Eテレ「ハートネットTV」
・その他ニュース番組など

【著書】
自分のために生きる
電子書籍Kindle版 https://amzn.to/3ngNMS6

【ホームページ】
https://canjpn.jimdofree.com/