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知的障害児者の「性教育」について考える(英国編)

前回のコラムでは、日本の特別支援学校における「性教育の実情」についてお話をさせていだきましたが、今回は海外(英国)では、どのように「性教育」を行っているかお伝えしたいと思います。

■英国の「性教育」で活躍する民間組織

ロンドン近郊に、「性教育指導」を専門に活動している「Image in Action」という組織があります。

所長をされているLesleyさんは、約30年間、知的障害児者の「性教育」に関する指導を行っています。スタッフは、心理学者を含め5名います。この5名で、ロンドン近郊の多くの学校を巡回し、児童・生徒の「性教育」に加えて、学校の先生に対しても指導を行っています。

(Lesleyさんと筆者)

 

1971年の国連の人権宣言を機に「Image in Action」の活動が始まりましたが、当初はなかなかうまくいかなかったと言います。しかし、このような専門集団が、障害のある子どもの教育制度(※)に通う多くの障害児・者とともに、様々な取り組みを行ってきました。そして、失敗と成功を繰り返しながら、適正な教材・指導方法を構築してきたのです。

※英国では、障害のある子ども教育は、SEN (Special Educational Needs:特別教育的ニーズ)と呼ばれており、独自の教育モデルを実施しています。

■特徴的な指導方法

指導の特徴は、“ドラマ仕立て”で「性教育」のメッセージを伝えるという手法です。

様々な人形や写真を使い、ドラマのストーリーを通じて、日常における場面を具体的に表し、その行動はあっているのか間違っているのかを、ドラマ・ティーチャーと生徒が一緒に確認しながら授業を進めていきます。

“ドラマ仕立て“の良い点は、例えば赤ちゃん人形を活用した指導においても、生徒が人形と現実との違いが分からない場合もあるため、人形といえども、実際の赤ちゃん同様に大切に取り扱うことを教育できる点です。

また、その行為が正解か不正解かの問題だけではなく、表情にも十分気を付けて指導をしています。喜怒哀楽によって相手が今どういう状況であるのかを判断する訓練も行うことが重要であるとLesleyさんは話します。更に、指導内容は常に具体的であり、例えば自慰行為に関しては、具体的な場所の指定、生理については、タンポンの利用方法からショーツが汚れてしまっている状況などを現物も見せながら説明します。

なお、そのドラマに必要な資料(人形やテキスト等)は、寄付金やチャリティ団体や地方自治体等によって賄われています。

 

授業のほかにも、児童生徒の知的レベルにもよりますが、グループ学習も積極的に行っています。そして、その言動に関して、先生は評価表で生徒の認識度を常に確認しています。

■指導に対する様々な反応

英国の性教育の指導で私が驚いたのは、LGBT等の対人関係にまで言及している点です。

多様な人種が共存している点は日本とは明らかに違いますが、いくつかの状況に分け、パーソナルスペースやリスク(危険度)における安全性の確保など総合的に指導をしているとのことです。

多様な価値観の混在する社会で性教育の活動を行うことに懸念を持たれる方もいるかもしれません。しかし、Lesleyさんによると、これまで否定的な意見や活動を遮断するような抵抗を受けたことはほとんど無かったとのことです。稀に、宗教団体(例えばムスロムやカトリック等)から抗議がくることもあったそうですが、コミュニケーションとディスカッションを重ねることで、ほぼ100%理解をしてもらえたと言います。

■日本におけるロンドン式指導方法の可能性

前回のコラムで、特別支援教育で指導を行う上での困難なことに「本人の理解度」や「成長の違い」が大きいことをお話しました。つまり、そうした“違い”に対して、正確に対応してくための専門的な知識が重要ということになります。

今回、ご紹介しましたロンドンでの取り組みのように、専門家がより具体的な状況を作り出し、生活に密着した中で指導をしていくことは、とても理に適っていると思います。

 

日本での実現に向けて、例えば、全国をブロックに分けて支部に組織を作り、それぞれの学校・教育委員会が、その組織に依頼をして、継続的な指導を行う体制があれば、知識の蓄積や特別支援学校の先生もより効果的且つ効率的に指導が出来るのではないかと思います。

執筆者プロフィール

斎藤利之(さいとう としゆき)

1974年生、静岡県浜松市出身
一般社団法人全日本知的障がい者スポーツ協会 会長/公益社団法人日本発達障害連盟 理事/保護司
専門領域:学校保健・国際保健・障がい者スポーツ・高齢者スポーツ
本業の傍ら、都内のいくつかの大学で教鞭を執る。また、地域社会へも積極的に関与し、東久留米市子ども子育て会議会長等多くの公的な委員活動を始め、内閣府の事業も多数手掛ける。一方、障がい者スポーツ分野では、2019年ブリスベンで行われた知的障がい者の国際総合大会(Virtusグローバルゲームズ)において、日本選手団団長を務め、過去最高の金メダルの獲得に貢献。更に、Virtus Asia sports Directorとして、アジア全体の知的障がい者スポーツの発展に尽力している。

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