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なぜ障害者差別や偏見はなくならないのか?ASD当事者が感じる「生きづらさ」の正体

最近、SNSなどで発達障害、特にASD(自閉スペクトラム症)に対する差別的な投稿を見かけることが増えました。何か問題が起これば、この人は「アスペ」じゃないか?と言われたり、「(ASDのある人のせいで)迷惑を被った」というSNS投稿に多くの「いいね」がついているのを目にすると、胸が痛みます。

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ASDへの誤解と「スペクトラム」の現実

よく「自称ADHD」という言葉は耳にしますが、「自称ASD」という方はほとんど見かけません。それくらい、あえてASDと名乗るメリットが少ないのが現実なのかもしれません。私は仕事でピアサポーターをしているため公表していますが、この仕事でなければ、障害者差別や偏見を避けるために隠していたと思います。前述のように、悪意を向けられ、差別されることの多い障害だからです。

なぜASDは差別や偏見を受けやすいのでしょうか。その背景には、特性の個人差があまりに大きく、実態が正しく理解されにくいことがあると考えています。 ASDは「自閉スペクトラム症」と呼ばれますが、「スペクトラム」とは「連続体・範囲」という意味です。つまり、人によって特性の現れ方は全く異なります。ADHDとの併発、知的障害の有無、IQの高さ、育った環境、二次障害としての精神疾患の種類など、グラデーションのように多様です。

 私がもどかしく思うのは、これほど個人差があるにもかかわらず、「ASD」という言葉だけで一括りにされ、「コミュニケーションが取れない」「こだわりが強い」といった断片的でステレオタイプな誤解をされてしまうことです。

実際にはピアサポーターの私自身も、同じASDの方に対し「そういう考え方もあるのか、大変だな」と驚くことがあるほどその中身は千差万別なのですが……。 

私の場合:優秀な家族の中で感じた「違い」と孤独 

では、その「スペクトラム」の一例として、私自身の話を少しさせてください。

 私自身が、その多様なグラデーションの一人だと正式に診断されたのは、わずか5年前のことです。それまでは、「親や兄弟と比べて、なぜ自分はできないことが多いのだろう」と漠然と感じていました。 幼少期は劇で主役を任されたり、周囲から可愛がられたりした経験もあり、両親も教育熱心で、習い事や進学に期待を寄せてくれていました。しかし、小学4年生頃から苦手を自覚するようになりました。算数でつまずき、マラソン大会の順位も下がり始めたのです。

父に勉強を教わったり、一人で走ったりと努力はしましたが、成果は出にくいままでした。一方で、弟は足が速く勉強も得意、ルックスも良くクラスの人気者。母も仕事と家事をテキパキとこなし、社交的で明るい人でした。父はサッカー部のキャプテンで人望があり、新聞記者を経て会社を経営し、趣味の料理や絵画など芸術もプロ級です。「家族みんな優秀で人気者なのに、自分だけが足を引っ張っている」そんな劣等感が、次第に大きくなっていきました。

私の場合:集団への違和感と、一人の時間の安らぎ

学業や運動だけでなく、人との関わり方にも、私はどこか“違い”を感じていました。

子どもの頃から興味の対象が狭く、友達よりも家族や愛犬と過ごす時間が好きでした。宮沢賢治の童話や、テレビの中の可愛いアイドル、スヌーピーなどのキャラクターに夢中で、買い物をするのに一人で出歩くことも多くありました。 「B型だから変わっている」と言われることはあっても、仲の良い友達はいたので孤立まではしていませんでしたが、近所の子からのいじめに遭った記憶は今でも辛いものです。

母は社交的でいじめられた経験もなかったため、私が馴染めないことを不思議に思い、「(一人は)楽しいの?」と心配していました。その時、私は「自分は人にはあまり理解されない存在なんだ」と悟りました。 同時に、いじめや陰口で盛り上がるような一部の女性グループ特有の空気が苦手で、羨ましいとも思いませんでした。むしろ、一人で好きなことに没頭している時間の方が、私にとっては大切で楽しかったのです。

こうした経験から、私にはASDの特性が強くあると感じています。また、「親からの遺伝」と単純に見られたくないという思いがあります。家族は皆、私とはタイプが違いますが、尊敬できる自慢の家族です。だからこそ、私の特性を誰かのせいにする見方には、複雑な気持ちになります。 

子どもについては、遺伝の懸念や私自身の精神疾患、また頼れる母がすでに他界していることなどから、産まない選択をしました。心配性な私にとって、大切な存在が辛い思いをするかもしれないと想像するだけで耐えられないからです。

一括りにしないで

さまざまな葛藤を経て、今はようやく「私のままで生きる」ことを受け入れられるようになりました。現在は愛犬の介護も終わり、大好きなぬいぐるみたちと暮らしています。特に、可愛いキャラクターである「ミャクミャク」の推し活をしている時間が今の私の癒やしです。

ASDというと、コミュニケーションの難しさやこだわりが注目されがちですが、私が生活で一番困っているのは「感覚過敏」です。特定の音や匂い、人混みなどが耐え難く、辛い時は一人になって静かに過ごすことで回復します。 こうした感覚や特性はなかなか理解されにくいものですが、ある程度は仕方がないと受け入れています。理解されない苦しさはあっても、自分なりの工夫で、仕事も遊びも楽しみながら生きていきたいと思っています。

ASDは一つの性格でも、一つの能力像でもありません。そして、当事者の人生もまた、一つではありません。一括りにしないことが、障害者差別や偏見をなくすことにつながるのではと考えています。 

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*身体障害のみまたは精神障害のみの場合は現在就労されていることがご加入の条件です。
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執筆者プロフィール

川田直美(かわだ なおみ)

障害者ドットコムのコラムニスト・ピアサポーター
Webメディアで自身の発達障害(ASD・ADHD)やHSP、精神疾患(パニック障害)についてコラムを書いています。オンラインサロンや計画相談支援でも自身の障害を生かして活動しています。生きづらさを抱えながらも日々楽しみを見つけて暮らしています。
◇障害者ドットコム 公式サイト
https://shohgaisha.com/
◇川田夫妻の発達障害日記 https://www.youtube.com/@yuichi_naomi_hattatsu
 

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