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発達障害がある私のPTSDについてお話しします~阪神・淡路大震災から31年の歩み

私は、発達障害(ASDとADHD)とPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えています。今年1月、私のPTSD発症の大きな要因となった阪神・淡路大震災から31年が経過しました。いまだに症状と向き合う日々ですが、これまでの経緯と、改善のために行ってきたことをお話しします。

心と体の限界~救急搬送と受診

私が初めて精神科・心療内科を受診したのは、震災の翌年、1996年5月のことでした。その年の3月頃から過呼吸発作を繰り返し、何度も救急搬送されていました。心臓発作かと思うほどの激しい動悸や呼吸困難に襲われ、「このまま死んでしまうのではないか」という恐怖に支配されました。 しかし、病院で検査をしても身体的な異常は見つかりません。「一度入院してしっかり検査をしましょう」と提案され、父の付き添いで様々な検査を受けましたが、やはり身体的な原因は特定できませんでした。

発症の背景~母との死別、そして震災と事件

原因不明の不調の背景には、過去の体験による精神的な負担の蓄積がありました。震災前の学生時代、私は闘病していた母と死別しました。母の死を受け入れられないまま、「大好きな母のようになりたい」と無理をして気丈に振る舞い、現実逃避をして感情を麻痺させていたのです。

1995年の阪神・淡路大震災では、兵庫県西宮市の自宅で震度7の激震に遭いました。まるで戦場で爆撃を受けたかのような衝撃で、頭まで布団をかぶって耐えましたが、家具は倒れ、物が散乱する恐ろしい状況でした。父が仕事で不在だったことも不安を増幅させましたが、心配して電話をかけてきた父に対し、私は「こっちは大丈夫。今は危ないから、落ち着くまで帰ってこなくていいよ!」と、あえて安心させるような言葉を伝えました。祖母と弟、愛犬がそばにいたため、気丈に振る舞うことができたのです。

さらにその年の3月、気分転換にと祖母と東京へ旅行した際、地下鉄サリン事件が発生しました。東京に到着すると号外が出ており、街は騒然としていました。電車内で「気分が悪い」と話す人々を目の当たりにし、強い不安を感じたことを覚えています。

PTSDの診断と「記憶の上書き」

やがて、私の体は限界を迎えました。過呼吸発作に加え、左耳から首や腕にかけてパンパンに腫れ上がり、腹部や背中に焼けるような激痛が走りました。吐き気、嘔吐、めまいで起き上がることもできなくなりました。 精神面でも、母が遺骨になった姿や、震災の瓦礫の光景がフラッシュバックし、泣き叫んで暴れる錯乱状態に陥りました。病院から心療内科の受診を勧められ、そこで初めて「PTSD」と診断されました。

処方された精神安定剤により、身体の痛みや吐き気などの症状は次第に治まりましたが、フラッシュバックや、電車への恐怖心は長く続きました(今でも電車や飛行機には苦手意識がありますが、新幹線には乗れるようになるまで回復しました)。

母の遺骨に関するフラッシュバックは特に辛く、「なんとか乗り越えたい」と強く願っていました。そんな中、祖父が亡くなりました。私は「もう一度、身近な人の死と向き合うことで、母の時の記憶を乗り越えられるのではないか」と考えました。 叔母が付き添ってくれたおかげで、母の時とは違い、落ち着いて祖父の死と向き合うことができました。この体験が良い意味で記憶の上書きとなったのか、それ以来、遺骨に関するフラッシュバックは治まりました。

新たな試練~大阪北新地ビル放火殺人事件

症状が落ち着いていた2021年12月、大阪・北新地の心療内科クリニックで放火殺人事件が発生しました。私の勤務先は現場のすぐ近くにあり、当社の福祉サービスを利用されていた方も犠牲になりました。 気になってニュースを見たことで、搬送される被害者や炎、犯人の顔などが脳裏に焼き付いてしまいました。それが引き金となり、救急車や消防車のサイレン、火、犯人に似た男性への恐怖心が蘇り、吐き気や動悸、パニック発作が再発しました。

再びPTSDと診断されましたが、フラッシュバックに効果のある漢方薬を処方してもらい、症状は徐々に落ち着いてきました。今でも火事のニュースや火そのものは怖いですが、以前よりはかなり改善しています。

震災から31年、これからの歩み

震災から30年となる昨年、追悼式典に参加しました。式典には参加できましたが、人混みでの息苦しさや、当時の映像・体験談に触れることへの辛さは依然として残っています。涙が止まらなくなったり、腹痛や気分の悪化を感じたりすることもあり、地震への恐怖を完全に克服できたわけではありません。

それでも、これまで大切な人々との死別や数々の辛い出来事を経験しながら、完全に振り出しに戻ることなく、少しずつ前へ進んできました。 私のPTSDや地震への恐怖との付き合いは、これからも続くかもしれません。しかし、焦らず気長に向き合っていこうと思っています。これまで支えてくださったすべての方に感謝しつつ、これからも無理をせず、マイペースに歩んでいきたいです。

執筆者プロフィール

川田直美(かわだ なおみ)

障害者ドットコムのコラムニスト・ピアサポーター
Webメディアで自身の発達障害(ASD・ADHD)やHSP、精神疾患(パニック障害)についてコラムを書いています。オンラインサロンや計画相談支援でも自身の障害を生かして活動しています。生きづらさを抱えながらも日々楽しみを見つけて暮らしています。
◇障害者ドットコム 公式サイト
https://shohgaisha.com/
◇川田夫妻の発達障害日記 https://www.youtube.com/@yuichi_naomi_hattatsu
 

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